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【challengeと失敗】

娘(5歳)は、いつの間にか自転車に乗れるようになっていた

1、補助輪不要の娘

来年小学校に入学する娘(5歳)が、普通に自転車に乗っている。別に驚くこともでも何でもないことですが・・・

いつの間に、乗れるようになったのか?

ミニバスの体験入会で、「ボールを抱えて、トラベリングどころか、ラグビーのように突進していた息子(9歳)」。今では、華麗にレイアップを決めて涼しい顔。

自転車に関しては、26インチ。私のママチャリよりも、立派なスポーツサイクを乗り回す次第・・・

 

いつの間に、そんなことができるようになったのか?

 

いや、問題は、できる、できないではない。

「いつ」できるようになったのか、これも問題ではない。

2、challengeを続けてきた彼ら

そう、2人は、愚直にチャレンジを続けてきた。

最初は3輪車、流石にこれは転ばない。次に補助輪付き自転車→片輪補助→補助輪無し→転びまくり→安全運転!?

 

途中、「転んで痛いから、もうやめる」と言ったことは、無い。

転んで、ズボンに穴が開いた、スカートが破れた・・・でも、やめない。

 

そして、そんな彼らを見ている親(自分)も、「もう、やめたら」とも、言わない。 

 

むしろ、「やめる」と言われれば、「まだまだ」という位の勢い。

 

なぜ?彼らは、そんなに痛い思いをしてまで、自転車に乗るのか?

自分達大人は、何故?「免許取得」を目指すのか?

 

自転車は、「本人が痛い思い」をすれば済む。

が、「免許」は、他人を巻き込み、取返しの付かない事態をうむこともある。

 

なぜ?チャレンジを続けるのか?

3、成功への憧れ

「絶対に、自転車に乗れるようになりたい、カッコいいから!」

「レイアップ決めたい(ダンクを決めたいまでいくかな?)、かっこ良いから!」

 

そんな彼らにとって、「できない」は「痛い」よりも耐えられない事実であるということ。

 

「○○したい」には、圧倒的な憧れ、成功への憧れがあるということ。

そして、その過程でのチャレンジは、その目標が明確であればあるほど、失敗などありえない。

 

「うまくいかないことの検証をしている」事実に過ぎないということ。

4、不安はないのか?

私は今、行政書士試験の受験生数名に、偉そうに受験相談をしている。

来月の8日本番を目前に、やはり「不安」は隠せない、無理もない。

私もこの時期は不安だったし、逃げ出したかったし、受験など投げ出したいとさえ思っていた時期である。

 

今なら、今だから言えることがある、

それは、我が家の息子達の気持ち。

 

「成功への絶対的な憧れ」

「合格したら、開業できる」「開業したら、こんなことができる」「勉強を始めた当時、思い描いた夢に一歩近づける」と

これらが、「不安をかき消す」最大のファクターであると言うことを、息子達が教えてくれた。

 

保育園の年少さん位でも、ストライダーに跨りブンブン乗り回している子もいます。

「転んだら痛いから」と、乗ることをやめる子はいません。

そして、乗り回している誰もが口をそろえて「転んだことがある!」と答えます。

「絶対に乗りたかった」

これが、全員に共通している答え。

少しくらい痛いからとか、ズボンが破れるとか、そんなことは、

「かっこよく乗りたい」の気持ちの前では、小さいことに過ぎない。

「成功への絶対的な憧れ」が、全ての原動力。

そこには「不安」など微塵も入り込む余地など無いということ。

5、忘れている想い

受験生であれば、「絶対に合格したい」という思い。

そして、私たち「先生業」であれば「絶対に成し遂げたい想い」

これを忘れていないかということ。

「結果が出ない」「何をやって良いのか分からない」「何をやってもうまくいかない」・・・

いつの間にか、結果ばかりを求めていないか、本来何を信じて、

何の為に進んできたのかを忘れてしまってはいないか?

 

もともと、「できない事」を「できるようになりたい」の想いからチャレンジを始めたはずなのに、

いつの間にか、「できない」を理由に気持ちが萎縮していないか?

「失敗を恐れて、逃げ出していないか」「できない場合の言い訳を探していないか」

 

私を顧問に据えて、ご相談くださっている皆様のためにも、自分自身の成長の為にも、息子達に負けていられない・・・そんなことを感じた、10月12日、息子のバスケットの試合でした。